日本には実にたくさんの宗教法人があります。文化庁宗務課で毎年行われている宗教統計調査によると2018年12月末現在の宗教法人数は、181,064に及んでいます。
その中から今回は宗教法人真如苑の歴史とあゆみについてご紹介したいと思います。
◆創始
まずは、真如苑の創始から見てみることにしましょう。
1936年に伊藤真乗氏が妻である友司氏と一緒に真言宗の醍醐寺で得度を受けて修行をスタートしたことが礎となっています。
あまり仏教になじみのない方もいるかもしれません。「得度」とは、出家の儀式を行い仏門に入り、僧侶になることを言うそうです。
出家をしてから2年後の1938年に「真澄寺(しんちょうじ)」を東京都立川市に開山(かいさん)し、修行を続けて行くことになります。
ちなみに、開山とはお寺を初めて建てることを言います。
修行を続けていくうちに伊藤真乗氏は、より多くの人に仏の教えを伝えたいという想いが強くなっていったそうです。
こうした想いをかなえるために、大乗仏教の経典である「大般涅槃経(だいはつねはんぎょう)」をベースとして出家者だけでなく、在家信者でも修行出来るような実践的な教えを築き上げ、真如苑がスタートすることになったそうです。
◆あゆみ
真澄寺を開山してからの歩みを追ってみましょう。
当時の日本は日中戦争が勃発し政治などに対する不安が高まり、世界情勢は混乱を極めている状況でした。そのため、真澄寺を開山してから2年後の1940年に宗教団体法が施行され、宗教活動に厳しい監視や制限が行われていたそうです。このような規制を受けてしまったため、真如苑では宗教団体としての活動を行わずに自らの修行に専念していたそうです。
その後、第二次世界大戦が終結した後に活動を再開し、1953年5月16日には文部大臣から真如苑としての承認を受けたそうです。さらに、東京都の承認を本部寺院真澄寺も受けることができました。これにより、真如苑として本格的な活動を行うための基盤が築けたと言えるでしょう。
真如苑の活動は国内行脚だけにとどまらず、1966年にはタイで開催された世界仏教徒会議への参加、1967年にはヨーロッパ訪問と海外での活動も積極的に行っていくことになります。
初のヨーロッパ訪問では8カ国を訪れ、当時のローマ法王であるパウロ6世との会見も行われたようです。
さらにこのヨーロッパ訪問の時に、ヴァチカン放送にも出演したそうです。伊藤真乗氏はヴァチカン放送に出演した初めての日本人とのことです。
◆まとめ
歴史とあゆみについてみましたが、いかがでしたか。開山から80年以上が経過していますが、現在も国内外での積極的な活動が行われているようです。